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オリンパスペンで撮る、村上義光公父子の墓地

村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

子供の頃に読んだ「講談社世界の名作図書館」の第42巻に収録の太平記でもっとも衝撃的だったのが、大塔宮護良親王を吉野から脱出させるために親王の鎧を着て敵の前に立ち、身代わりとなって散った村上義光公の自害の場面であった。

引用する。

さて、義光はこの木戸の高やぐらにのぼり、親王のうしろすがたをはるかにとおざかるまで見とどけてから、いまはこれまでと思いさだめ、やぐらのまどをきって落とし、全身を敵にさらしながら、
「やあやあ、寄せ手の軍勢ども、よくきけ。 われこそは神武天皇より九十六代、後醍醐天皇の皇子、一品兵部卿親王護良なるぞ。 いま、逆臣のためにほろぼされ、うらみを地下に報ぜんため、自決いたす。 このありさまを目にとどめ、やがてなんじらの武運がつき、はらきるときの手本とせよ!」
と、大音声にさけびざま、よろいをやぐらの下にかなぐりすて、にしきのひたたれのむねおしわけ、刀をわきばらにぐさとつきたて、真一文字にはらかききり、はらわたをつかんで、敵に投げつけ、刀をくわえてうつぶしとなって息たえました。
まさに、すさまじいさいごでありました。



自分のはらわたを敵に投げつける、刀を咥えてうつぶせになる・・・よくそんな事がと、心底驚いたものだった。

その義光公の墓があるというので、楠公史跡巡りで吉野山に行った際にお参りさせていただいたく事とした。

奈良県道15号沿い、吉野山観光駐車場から僅かに下った場所に、義光公の墓はある。



村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

村上義光公の墓を拝す。

このような形式の墓碑を「宝篋印塔(ほうきょういんとう)」と呼ぶとのこと。

首実検のため運んできた首級が護良親王のものではないことに気付いた寄せ手は首級を打ち捨ててしまったが、それを哀れに思った里人が埋葬したのがこの場所なのだ。



村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

墓前には鎧の置物が。

身代わりとなるため、義光公が護良親王から半ば奪いとるようにして我が身につけた鎧ということだろう。 



村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

村上義光公墓に寄り添うように立つ「村上義光忠烈碑」。

天明3年(1783)に大和高取藩士・内藤景文によって建立された。



村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

詳しく記された案内板。



村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

続いて義光公の嫡男、義隆公の墓へ向かう。

県道15号を登って行き、金峯山寺を過ぎ、不審火で焼けてしまった勝手神社のところで県道257号に折れる。



村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

県道257号。

土産物店や食事処が並ぶ県道15号とは様相がガラッと変わる。



村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

木々の上に、蔵王堂の茶色の屋根が僅かに姿を見せる。

蔵王堂を脱出した護良親王であるが、それに気付いた寄せ手の一隊に追撃されてしまう。

その時、敵を食い止めるために単身踏み止まったのが村上義隆公である。



村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

義隆公は追手500騎を相手に孤軍奮闘、追撃を阻止し、護良親王を無事脱出させることに成功するも、自身は満身創痍となり、腹を切って最期を遂げたという。

まだ18歳の若者であった。

墓はその最期の地にある。

明治3年の建立。



村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

遠くに蔵王堂を望む。

義隆公は父と共に蔵王堂で自害しようとするが、護良親王を御守りするよう父に強く諌められここまで来たのだ。

桜井の楠公父子を髣髴とさせる、壮烈にして痛ましい物語である。



大日寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

義光父子の墓所を訪ね、最後に父子の菩提所である、「日雄山 大日寺」を参拝する。

吉野山で最古の寺院である日雄寺の焼失後、跡地に建てられたお寺である。



大日寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

江戸時代の宝永年間(1704~11)に建てられた本堂。

この日、吉野山には蒸し暑さを和らげる心地よい風が吹いていたが、周囲より低い窪地のような場所にある大日寺にはまったく風がなく、まるで風と共に時も止まってしまったかのような感覚であった。



大日寺

日雄寺焼失の何を逃れて今に伝わる五智如来を本尊とする大日寺のご朱印を頂いて、義光父子墓所巡拝を終える。



吉野山 村上義光公の墓 村上義隆公の墓 大日寺

より大きな地図で 村上義光公父子の墓 を表示

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