スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

オリンパスペンで撮る、楠公史蹟巡り(その18) 天野山金剛寺

「大楠公」の地元の学校、多聞尋常小学校の校長先生が昭和10年に出された小冊子「史蹟赤坂と千早」を手に、楠木正成公の史蹟を訪ねる「楠公史蹟巡り」。

前回は大阪府富田林市、楠母神社(なんぼじんじゃ)の跡地でもある楠公夫人誕生地を訪問したが、今回は大阪府河内長野市、天野山金剛寺を参拝する。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

南海と近鉄の河内長野駅から国道170号を和泉市との市境近くまで進む。

和泉方面と滝畑ダム方面に分かれる交差点の隣に立つ南大門から中を窺うと楼門の屋根が見えた。

河南の名刹、天野山金剛寺である。

高野山が女人禁制であったのと違い、女性の参拝も許されていたことから、「女人高野」の名もある。

かつて大きな寺勢を誇り、また南朝北朝が同舟した時期もあり、建造物、絵画、彫刻、工芸品、そして正成公が金剛寺宛に書き送った書状などの古文書と、歴史的美術的に極めて重要なお寺だ。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

鎌倉時代の築、重要文化財の楼門を仰ぎ見る。

境内は国の史跡。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

食堂(じきどう)。

正平9年(1354)10月から正平14年(1359)12月まで、南朝の政庁として後村上天皇が政務を執られた建物である。

以来「天野殿」と呼ばれるようになったこの建物こそが、5年と2ヶ月間この国の政治の中心地であったというわけだ。

天野殿の隣に見える構造物は重要文化財である金堂を覆う仮設覆屋。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

金剛寺は平成の大修理の真っ最中。

というわけで、半解体修理中の金堂を拝観することは出来ず、残念なことであった。

まあ、貴重な文化財を後世に伝えるために必要な作業なのだから、残念ではあるがまたの機会ということで・・・。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

天野殿の向こうに楼門を見る。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

ふと見上げると鬼瓦がこっちを睨んでいた。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

治承2年(1178)、金堂と同じくして建てられた御影堂。

真如親王真筆の弘法大師御影を祀っている。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

南朝行在所、摩尼院の御門。

後村上天皇の行宮だ。

天皇は毎朝この摩尼院から天野殿まで出御になって万機を親裁されたとの事である。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

菖蒲とともに「南朝後村上天皇行在所 摩尼院」と刻まれた石碑が立つ。

摩尼院の拝観日は日曜祝日なので、この日は中を見ることは出来なかった。

しつこいようだが、これも「またの機会に・・・」である。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

摩尼院の御門から天野川に架かる禅之橋へと伸びる道。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

天野川沿いの道を本坊へ。

鮮やかな朱塗りの橋は忍之橋。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

5月、天野川のもみじは緑色。

紅葉の時期には忍之橋の朱と併せて、みなもは真っ赤に染まるのだろう。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

金剛寺本坊の門をくぐる。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

門の屋根に美しい瓦の花が咲く。

実に素晴らしい造形だ!



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

天野山金剛寺本坊の客殿。

本坊の前身は金剛寺の子院、観蔵院との事。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

中に入らせて頂き、庭園を拝見する。

室町時代に作られた枯山水のお庭。

桃山時代と江戸時代に手直しが行われているとの由。

和菓子を食べながらお茶を飲みたくなる眺め。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

客殿の傍らに立つ五葉松「鶴島」は樹齢600年!



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

客殿と奥殿を結ぶ渡り廊下の萱葺き屋根。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

本坊奥殿は北朝三上皇の行在所となった場所である。

観応の擾乱の際、足利尊氏が南朝に降伏を申し出た結果幽閉されることとなった光厳・光明・崇光の三上皇が正平9年(1354)から正平12年(1357)までここで過ごされたのだ。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

北朝行在所は公開されていたので内部を拝観し、撮影した。

オリンパスペンFVに詰めたフィルムの感度が屋外向きの低感度ISO100なので、シャッタースピードを1/8秒や1/15秒に落とす。

もちろん三脚なんか用意していないので、フラッシュなしの手持ち撮影だ。

息を止め、明鏡止水の心持ちでシャッターを切る。

で、ブレていないか現像が上がるまで心配だったが、ブレずにちゃんと写っていてくれて安堵安堵。

デジカメでは味わえないスリルを成功裏に堪能することが出来た。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

巻き上げられた御簾、襖の十六菊花紋、そして「光厳院 光明院 崇光院 御座所」の立て札。

誰がいるというわけでもないが、これらがあるだけで何だか凄く緊張する。

胡坐をかくなんてとんでもない、正座して写真を撮り、正座してしばらく拝観し、色々考える。

果たしてここで三上皇はどのようなお気持ちで幽閉の日々を過ごされたのだろう・・・。

時代の波に何ら抵抗することも出来ないまま揉まれ続けるのはさぞお辛い事だったろう。

光厳上皇がやがて一切の世俗を断って禅宗に深く帰依するに至ったお気持ちが偲ばれると共に、これは南朝行在所も日を改めて絶対拝観しなきゃならんなあ、と思わずに居られない天野山金剛寺の参拝であった。



楠公史蹟めぐり 天野山金剛寺

力強い「大悲殿」の文字。

天野山金剛寺のご朱印を頂戴し、次回は奈良県に移動、吉野山の南朝史跡を訪問する。



楠公史跡巡り 天野山金剛寺

より大きな地図で 楠公史跡巡り 千早赤阪周辺 を表示

プロフィール

戊申丸

Author:戊申丸
FC2ブログへようこそ!

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。