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オリンパスペンで撮る、楠公史蹟巡り(その16) 楠妣庵観音寺

「大楠公」の地元の学校、多聞尋常小学校の校長先生が昭和10年に出された小冊子「史蹟赤坂と千早」を手に、楠木正成公の史蹟を訪ねる「楠公史蹟巡り」。

前回は大阪府河内長野市の観心寺を訪ねたが、今回は大阪府富田林市の楠妣庵観音寺に参拝する。



楠公史蹟めぐり 楠妣庵観音寺
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

近鉄富田林駅から府道201号で南下、「甘南備」という場所で府道209号に進むと程なく「太平記の里」と書かれた案内板が見えてくる。

そこにあるのが楠妣庵観音寺。

小さな山の中の、静かなお寺である。

河南八勝第二蹟。

小楠公・楠木正行がこの峰條山の一角を「峰條山観音殿」とし、千手観音を安置したのが起源とされている。

四条畷の合戦後、楠公夫人・久子がここに建てた草庵「楠妣庵」で余生を送り、楠公夫人が亡くなると三男の楠木正儀が峰條山観音殿を観音寺とした。

明治時代に廃寺となり田畑になってしまったが、大正時代に草庵・本堂共に再建され再興を果たすこととなり今に至る。



楠公史蹟めぐり 楠妣庵観音寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

参道石段のふもとには楠公夫人像。

父の首級を見て自害しようとする正行とそれを諭す楠公夫人の姿を後世に伝えるこの像は、昭和10年(1935年)に建立された。

石段の右手に建つ大楠公像が、妻子を高みから見守っている。



楠公史蹟めぐり 楠妣庵観音寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

夫を失う悲しみの中にあっても凛とした強さを失わない楠公夫人。

誤った事をしてしまいそうになる子を厳しくしかし愛情を込めて叱る母親の姿は、いつの時代になっても見習うべきものである。



楠公史蹟めぐり 楠妣庵観音寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

「後醍醐天皇の隠岐より還幸を兵庫にて奉迎せし楠公の像」。

楠公像といえば皇居や湊川公園の実に勇ましい騎馬武者姿を想像するが、甘南備の地に立つそれは優しそうな好々爺といった風情。

「大楠公」というより「楠公さん」、いっそのこと「ご老公」と呼びたくなってくる。



楠公史蹟めぐり 楠妣庵観音寺
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

本堂の内部も拝観させて頂いた。

柱に「千載之一人臣子之亀鑑」とある。

明治天皇が正成公に贈った言葉だ。



楠公史蹟めぐり 楠妣庵観音寺
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

裏参道からの入口、南門。

車で来た場合は裏参道から駐車場に至り、この南門から境内に入ることになる。



楠公史蹟めぐり 楠妣庵観音寺
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

楠公夫人の墓と楠妣庵がある高台から本堂を見る。



楠公史蹟めぐり 楠妣庵観音寺
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

楠公夫人の草庵・楠妣庵の菊水を緑のもみじが飾る。



楠公史蹟めぐり 楠妣庵観音寺
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

楠妣庵は大正時代に再建されたものだが、倉時代末期の建築様式に則って復元されている。

皇太子時代の昭和天皇も行啓されている。



楠公史蹟めぐり 楠妣庵観音寺
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

その時お手植えになったクスノキも大きく成長した。



楠公史蹟めぐり 楠妣庵観音寺
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

楠妣庵の隣には、楠妣庵再建と同時に建立された観音堂がある。

楠公夫人の念持仏、十一面観音が祀られている



楠公史蹟めぐり 楠妣庵観音寺
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

観音堂に架かる楠公夫人墓の案内。



楠公史蹟めぐり 楠妣庵観音寺
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

楠公夫人・久子の墓にお参りする。



楠公史蹟めぐり 楠妣庵観音寺
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

小さな小さな五輪塔。

大楠公の夫人の小さなお墓。

武士の家に生まれ、武士の家に嫁ぎ、武士の妻・武士の母の宿命に殉じた彼女。

正行に示した気丈夫な振る舞いは、彼女が強い心の持ち主であったことを示している。

だが、夫を、子を、一族を戦いで失った心の内の悲しみは如何許りであったろう・・・。

「世の憂きも 辛さも忍ぶ 思いこそ 心の道の誠なりけり」

自らを「敗鏡尼」と称し、亡くなった人々の菩提を弔う余生をひっそりとこの地で過ごした楠公夫人の思いが、この小さな五輪塔に窺える思われ、しんみりと手を合わせる静かな午後の楠妣庵観音寺であった。



楠公史蹟めぐり 楠妣庵観音寺

「拝」の字が菊水の流れにも感ぜられる楠妣庵観音寺のご朱印を頂き、次回はから観音寺から府道209号を挟んだ向こう側、「楠母神社跡」でもある「楠公夫人誕生地」を訪問する。



楠公史跡巡り 楠妣庵観音寺

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