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オリンパスペンで撮る、楠公史蹟巡り(その14) 金剛山(転法輪寺・葛木神社)

「大楠公」の地元の学校、多聞尋常小学校の校長先生が昭和10年に出された小冊子「史蹟赤坂と千早」を手に、楠木正成公の史蹟を訪ねる「楠公史蹟巡り」。

前回は千早赤阪村、「楠木正儀墳墓」を訪ねたが、今回は大阪府千早赤阪村と奈良県御所市にまたがる金剛山を登り、山頂の転法輪寺と葛木神社に参拝する。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

登山道の入口、「まつまさ」の駐車場にクルマを停め、コンクリートで舗装された道を登り始める。

「十三佛 第四番 普賢菩薩」に挨拶を。

風呂ノ谷を過ぎると道の舗装は終わり、無数の丸太で整えられた階段状の登山道となる。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

道の名は「千早本道」。

数ある金剛山への登山道のうち、メインルートに位置づけられている道である。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

危険を伴う場所はなく、安心して歩ける道だ。

ただ、山頂まで延々続く階段道はさすがにキツい。

千早城址への石段も厳しかったが、いつ果てるとも知れぬこの丸太が並んだ階段道にも参ってしまった。

まったく、夢路をたどる心地で、一足には休み、二足には立止りといった有様で、ああ、笠置の山中を逃亡する後醍醐天皇もこんな感じだったんだろうなと思ったりする、恐れ多いことではあるが。

そんな悲惨な私の横を手ぬぐい一つだけ持ってまるで銭湯にでも行くかのような爺さんや、エベレストにでも行きそうな大きなリュックを背負った婆さんが軽々追い抜いて行くもんだから屈辱感はいやが上にも増していくばかりなのである・・・。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

ウルトラマンとバルタン星人と、なぜかヒツジの出迎えを受け、千早本道の中間点、「のろし台」で大休止。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

下手な大休止で足が固まりますます窮地に追い込まれた私。

もはや登山道の障害物と成り果て、颯爽と登ってくる山ガールにそそくさと道を譲る。

それにしても有志の方々による登山道の整備状態は素晴らしいの一語に尽きるものだ。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

金剛山は山そのものが楠公史蹟。

ちなみに「楠公史蹟河南八勝」は以下の通り。



河南八勝第一蹟 天野山金剛寺

河南八勝第二蹟 楠妣庵観音寺

河南八勝第三蹟 河内檜尾山観心寺

河南八勝第四蹟 千早城址

河南八勝第五蹟 金剛山

河南八勝第六蹟 建水分神社

河南八勝第七蹟 楠公誕生地

河南八勝第八蹟 紫雲山葛井寺



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

休み休みながらも、標準所要時間を大きく超えることなく山頂広場に到着することが出来た。

その山頂広場には、登頂回数別に分けられた金剛山錬成会々員の名を掲示した巨大なボードがずらりと立てられていて、他所にはない独自の雰囲気が感じられた。

登拝回数100回、1000回なんて序の口、10000回登拝なんて方がいたりするんだから、まったく驚きである。

写真に見える赤い屋根の葛木神社別館、7月7日のれんげ大祭のお知らせが出ていた。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

転法輪寺本堂の前に立つ金剛不動明王像は真っ赤な炎を身にまとう。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

微笑んでいるようにも見える牛王(ごおう)は、転法輪寺のご本尊、法起菩薩の化身。

人のために働く尊い姿を現しているとの事である。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

転法輪寺の本堂を仰ぎ見る。

この転法輪寺は、正成公の篭城戦の後方支援で大きな役割を果たした寺である。

「史蹟赤坂と千早」から引用する。

又当時金剛山頂には転法輪寺を初め、数多の寺坊があって、修験道の隆昌と共に余程繁栄していました。
そうして之等に集まる山伏は、地方人から非常に畏敬せられ、又神聖視せられて、一種の治外法権的取扱を受けていました。
此等の山伏はひそかに楠木軍に心を寄せ、城塞内外の通信を初め、物資の補給を助けていました。
これ大楠公が弾丸黒子の孤城に據って、悠々幾十日、幾百日を支え得た所以であります。


このように建武中興に寄与しながらも明治の廃仏毀釈で廃寺となってしまった転法輪寺が、昭和25年に旧態に復して再興されるに至ったのは実に喜ばしいことである。



楠公史蹟巡り 金剛山

転法輪寺のご朱印を頂く。

金剛の奥深い山々を自在に駆けるかのような「法起」の筆致が素晴らしい。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

転法輪寺を参拝し、続いて葛木神社に向かう。

途中、室町時代に建てられた宝剣塔を見る。

後醍醐天皇と大塔宮護良親王の追善供養の為に建立されたとの由。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

「福徳招来の守り神」の文字を見て、拝み合わせる手についつい過剰に力が入ってしまう。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

金剛山葛木神社の鳥居に日差しが降り注ぐ。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

祭神は一言主大神。

一言の願いであれば何でも聞き届ける神様だが、根が欲深い私はあれもこれもついでにそれもと、必死の請願止む事なし。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

社号碑に「金剛山最高峰一一二五米」と。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

菊水を透かした吊り灯篭が素敵だ。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

金剛山の最高所は本殿の裏手に位置する葛木岳1125mなのだが、神域であり立ち入りは出来ない。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

拝殿向かって右に、葛木神社十三末社の小さな祠が整列する。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

その一社、楠神社。

楠木正成ご一族をお祀りする。



楠公史蹟巡り 金剛山

参拝後、山頂広場に戻り売店で葛木神社のご朱印をお願いする。

「神」の文字がとても美しい。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

最後に、山頂広場に隣接した金剛山国見城址に向かう。

金剛山の最高所には立ち入ることが出来ないので、代わりにこの国見城址が山頂扱いとなっている。

元弘の頃、大楠公が金剛山城塞を構築して義兵を起こすに当たり、転法輪寺を大本営にあて、又山頂の西北端阿弥陀山の国見城を弟正季に守らしめて、背面防禦に当たらしめました。
当寺の衆徒を始め附近の寺坊に通う、山伏等亦ひそかに楠木軍に心を寄せ、大楠公の千早城篭城戦に非常な働をしました。
明治維新に至り、神仏分離の制度布かれるに及び、転法輪寺は廃寺となり、鎮守葛城神社のみがささやかに祀られていましたが、近年楠公崇敬の気運盛んとなり、登山者年と共に増加するや、社殿も新に建立せられ諸種の設備亦整うて来ました。
山頂には後醍醐天皇・護良親王の宝剣塚・国見岳本城址・同二の丸址及び楠公秘水・楠公駒留社址・表忠塔等楠氏を偲ぶ名勝遺跡が多くあります。


この国見城址は「金剛山ライブ映像」にて、自宅に居ながら様子を見ることが出来るのだが、実際に行ってみると、ライブカメラ映像で感じていたイメージと違い、とてもとても広々とした場所であった。

青空も広がり、眺めの良さは登山の疲れを吹き飛ばしてくれるものであった。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

ライブ映像でもお馴染みの時計台が手を挙げてご挨拶。

ちょうどお昼時ということで、国見城址では大勢の人たちがお弁当を広げていた。



楠公史蹟巡り 金剛山
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

金剛山は大和・河内の国境をなす葛城山脈中の最高峯で、古来葛城山ともいわれ、海抜一千百十二メートルあります。
神武天皇が葛の網を以って、土賊を掩殺されたによって葛城の名がついたのだといいます。
崇神天皇の御代、葛城神社を創建し、事代主神を祀られていましたが、天智天皇の四年、役行者、当山にて修行、金剛山転法輪寺を建立し、法起菩薩を安置せられてから、神仏混淆の山となりました。


金剛山とその周辺は壮大な歴史ロマンにあふれた地である。

10000回登頂にはまるで及ばないが、金剛の山頂に登り歴史の一端に触れることが出来たのは私にとってとても嬉しく、楽しいことであった。

というわけで、満足の金剛山を下り、次回は楠公と南朝ゆかりの「観心寺」を参拝する。



楠公史跡巡り 金剛山

より大きな地図で 楠公史跡巡り 千早赤阪周辺 を表示


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