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オリンパスペンで撮る、楠公史蹟巡り(その1) 史蹟赤坂と千早

神保町の古書店街を、特にお目当ても無いまま歩いていて目に留まった古そうな小冊子。

店内でパラパラとめくったら、おや、結構面白そう。

しかも値段はたったの1,000円。

これ下さいと、レジに持っていったのがこの旅の始まり。

楠木正成ゆかりの地を訪ねる旅、楠公史蹟巡り。



楠木正成 史蹟赤坂と千早 楠公史蹟巡り オリンパスペンFV

昭和10年5月10日初版発行のこの小冊子「史蹟赤坂と千早」。

著者の尾上信太郎氏は、大阪府南河内郡多聞尋常小学校の校長先生。

以下引用。


はしがき
千載之一人、臣子之亀鑑、大楠公を出し、公をして回天の偉業を就さしめた、赤坂、千早こそ日本精神煥発の霊地であります。
私は幸いに此の地に生を享け、過去十数年、赤坂・千早の小学校に職を奉じ、楠氏遺跡探究の人々の請にまかせ、幾度か臨地講演をいたしてまいりました。
此度すすめらるるままに其の旧稿をもとにしてまとめたのが此小冊子であります。
大楠公六百年祭に當り、公が尽忠の本拠であった、千早城下、多聞小学校長として此の書を世に出し得ることは私の限りなき喜びです。
昭和十年四月三日   尾上信太郎



時代をうかがわせる文言の向こうに、著者の郷土への愛情と、郷土が生んだ偉大な人物への尊敬の念を深く感じることが出来る。

冊子の内容は以下の通り。


目次
序説、菊水の旗風
一、下赤坂城址と大楠公勤王の第一戦
二、上赤坂城址と大楠公の再挙
三、千早城址と大楠公回天の偉勲
結び、千載之一人
附録 赤坂千早に於ける楠公遺蹟解説
1 金剛山
2 楠公誕生地
3 建水分神社
4 南木神社
5 楠木邸址
6 寄手塚味方塚
7 上赤坂城周辺の諸城塞
8 千早神社
9 千早城址銅標
10 楠木正儀墳墓
11 千早城周辺の諸城塞



昭和初期の貴重な楠公史蹟写真も以下の14枚が掲載されている。


「下赤坂城址附近より金剛山望遠」
「高塚塞址より下赤坂城址を望む」
「土居塞址より上赤坂城址を望む」
「楠公誕生地」
「楠公産湯井戸」
「建水分神社」
「南木神社」
「寄手塚」
「味方塚」
「建武以後の楠木邸址」
「千早城址」
「千早神社」
「千早城銅標」
「楠木正儀墳墓」



昭和初期のそれも小冊子なので、現代のガイドブックと違い史蹟の場所を示す図版がなく、この一冊だけを頼りに史蹟訪問をするのは難しいが、参考文献としては未だ有益な充実した小冊子だ。

特に諸城塞の解説などは、さすが地元の先生、知り尽くしておいでだなあと思わせてくれる。



楠木正成 史蹟赤坂と千早 楠公史蹟巡り オリンパスペンFV

本文中には大阪阿倍野から河内長野、奈良吉野方面を走っていた大鉄電車の広告があり、「楠公史蹟巡り」として以下の名が記されている。


「寄手塚 味方塚」
「楠公誕生地」
「建水分神社」
「上赤坂城址」
「下赤坂城址」
「千早城址」
「千早神社」
「金剛山」
「観心寺」
「楠妣庵」
「楠公夫人誕生地」
「天野山」
「吉野山」



といわけで、5月と6月の二度、「史蹟赤坂と千早」を手に、上記13箇所その他を訪れるべく千早赤阪村、富田林市、吉野町を旅してきたので、その記録を今回から掲載していきたいと思う。

使用したカメラは38mmマクロレンズを付けたオリンパスペンFVをメインとし、25mmの広角で写せるオリンパスペンWは必要に応じて用いた。

ペンFシリーズの38mmF3.5マクロは標準の38mmF1.8に比べ暗所では当然不利なのだが、フードを必要としないのでいくらかコンパクトにまとめることが出来るし、写りもシャープなので最近はこればかり使っている。

フィルムはコダックの「PROFOTO XL 100」。

さあ、準備が出来たら出発しよう。

まずは大阪府富田林市、「楠氏遺跡里程標」へ。



楠公史蹟巡り

より大きな地図で 楠公史跡巡り 千早赤阪周辺 を表示


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