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オリンパスペンで撮る、楠公史蹟巡り(その17) 楠公夫人誕生地(楠母神社跡)

「大楠公」の地元の学校、多聞尋常小学校の校長先生が昭和10年に出された小冊子「史蹟赤坂と千早」を手に、楠木正成公の史蹟を訪ねる「楠公史蹟巡り」。

前回は大阪府富田林市の楠公夫人の墓がある楠妣庵観音寺を参拝したが、今回は同じく大阪府富田林市、楠母神社(なんぼじんじゃ)の跡地でもある楠公夫人誕生地を訪問する。



楠公史蹟めぐり 楠公夫人誕生地 楠母神社跡
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

観音寺の表参道と府道209号の交差点は十字路。

表参道から府道に折れず細い道をまっすぐ進んで来て振り返る。

静かな集落の中を通る坂道だ。



楠公史蹟めぐり 楠公夫人誕生地 楠母神社跡
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

坂道は右に180度折れ曲がり、未舗装になる。



楠公史蹟めぐり 楠公夫人誕生地 楠母神社跡
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

緩く左に曲がっていく坂を進むと、その先に扇形をした石碑が見えてくる。



楠公史蹟めぐり 楠公夫人誕生地 楠母神社跡
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

かつてここにあった楠母神社の由来を示す石碑である。



楠公史蹟めぐり 楠公夫人誕生地 楠母神社跡
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

楠母神社
大阪府南河内郡東條村矢佐利。
この地は贈正一位橘朝臣正成公夫人誕生の地なり。
楠公父子の誠忠古今を貫くも楠氏一門の節義天地を照らすもこれ偏に夫人内助の功に基づく。
真に夫人は日本婦人の亀鑑たり。
依って紀元二千六百年を期しこの聖地に神社を建立し永久に淑徳を讃仰し奉る。



楠公史蹟めぐり 楠公夫人誕生地 楠母神社跡
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

石碑の前で右に折れて参道は上っていく。

5月の晴れた日、道は2本の轍を残し可憐な花々で埋め尽くされていた。



楠公史蹟めぐり 楠公夫人誕生地 楠母神社跡
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

坂道の参道が終わり、そこに楠公夫人・久子の生誕地である楠母神社の跡地を見る。



楠公史蹟めぐり 楠公夫人誕生地 楠母神社跡
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

ここも一面の花々に彩られる。

訪問前にネットで見た寂寥感漂うそれとはあまりに違う、思いもかけぬ光景に驚きと感激を禁じ得ない。



楠公史蹟めぐり 楠公夫人誕生地 楠母神社跡
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

弾む気持ちで境内の跡地を散策する。

本殿・拝殿跡の向かって左に立つ大きな石碑が一際目立つ。



楠公史蹟めぐり 楠公夫人誕生地 楠母神社跡
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

皇紀二千六百年を記念し府下女学校生徒国民学校女児童は楠母神社本殿を、
大日本国防婦人会関西本部管内会員は拝殿を寄進し奉り、
又茲に名誉本部長李王妃殿下の御歌を永への御訓へとして謹録す。
昭和十六年五月十日
大日本国防婦人会関西本部


国防婦人会碑文の上に「李王妃殿下楠母会へ賜える御歌」が掲げられる。

梨本宮家から朝鮮の李王世子の元に嫁がれた李王妃殿下もまた楠公夫人と同じように、時代の激しいうねりに直面して人生を送られたお方だ。

刻まれた御歌の文字は明瞭だが、浅学な私には読むことができず、実に残念だ。



楠公史蹟めぐり 楠公夫人誕生地 楠母神社跡
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

かつて本殿と拝殿があった場所。

今は朽ち果てた楠公夫人像と、それを守り続けるかのような狛犬があるばかりだ。



楠公史蹟めぐり 楠公夫人誕生地 楠母神社跡
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

「大日本婦人の鑑」として楠公婦人を祀ったこの神社も、戦争終結とともにその役目を終え、昭和50年代には神社を管理する人もなくなり廃社となってしまったとの由。

ご神体は大阪府内のある神社に遷座されたというお話を某所で伺い、その神社に出向いて問い合わせてみたのだが、残念なことに「こちらには遷座されていないと思う」との回答であった。

心残りである。



楠公史蹟めぐり 楠公夫人誕生地 楠母神社跡
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

花の咲き乱れる楠母神社を訪問した一月後、再び訪れた時には参道から境内に至るまできれいに草刈がされていた。

花が見られなかったのは惜しい気がしたが、跡地が放置されず、手入れされているということがとても嬉しい。

拝殿・本殿の跡地もよく確認できる。

小さな社だったようだ。



楠公史蹟めぐり 楠公夫人誕生地 楠母神社跡
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

李王妃殿下御歌石碑の向こうに楠妣庵観音寺を望む。



楠公史蹟めぐり 楠公夫人誕生地 楠母神社跡
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

点在する石碑や狛犬に神社の名残を留めるこの地を、最近公園化しようという動きも見られるとの事。

草刈による手入れもその一環だが、日本さくらの会による植樹もまた楠公夫人誕生地の今後を楽しみなものにする活動だ。

まだ桜の木は細く小さいが、やがて見事に成長し、ここを桜の名所としてくれることだろう。



楠公史蹟めぐり 楠公夫人誕生地 楠母神社跡
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

5月、花畑と化した楠公夫人誕生地では無数のミツバチがせっせと蜜や花粉を集めていた。

盛んに忙しそうに飛び回るハチを見ていて、私の考えが変わっていった。

楠母神社が忘れ去られ取り壊されてしまったことを残念に思う気持ちが、楠公夫人誕生地に生命の営みが溢れていることを嬉しく思う気持ちへと変わっていくのを強く感じたのだ。

神社がなくとも、久子夫人が生を受けたこの地はとても良いところだ・・・。

夫人もきっとこの光景を暖かい眼差しで楠妣庵から見つめておられることだろう。

そんな風に思いながら楠公夫人誕生地の訪問を終え、次回は河内長野市、天野山金剛寺を参拝する。



楠公史跡巡り 楠公夫人誕生地(楠母神社跡)

より大きな地図で 楠公史跡巡り 千早赤阪周辺 を表示

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