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MG TF で九州旅行 (その6)  高千穂峰登山

旧海軍艦艇の艦内神社分霊元の巡拝、三菱長崎造船所の見学、そして天孫降臨の地である高千穂峰への登山をするために MG TF で九州を旅した一週間の記録の6回目、霧島神宮に参拝し高千穂峰に登山した7月30日の記録(前回の記事はこちら)



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

霧島神宮の参拝を終え、神秘的な鹿児島県道480号霧島公園線を高千穂河原へと向かう。



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

高千穂峰の登山口、高千穂河原ビジターセンター。

ここから霧島神宮古宮址を経由して頂上を目指す。



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

かつて、この場所に霧島神宮の社殿があったが、文暦元年(1234年)の噴火で焼失してしまったとの事。



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

その後、昭和15年に皇紀2600年記念事業の一つとして「天孫降臨神籬斎場(てんそんこうりんひもろぎさいじょう)」が作られ現在に至る。



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

古宮址を過ぎると森の中の登り道。



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

噴火によって積もった小石によって歩きにくい道を進んで行くと、森がバッサリ切れたその先に岩だらけの急斜面が見えてくる。



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

喘ぎながら登る岩場から望む新燃岳。



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

振り返ると高千穂河原ビジターセンターがあんなに遠くに。

改めて、登るのも大変だが下るのも心配になるような斜面に溜息が出る。



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

御鉢、馬の背から見る山頂はまだずっと向こう。



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

己が歩む山腹の傾斜に目を疑う。



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

霧島神宮元宮を拝し一休み。



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

疲労困憊の私と違って元気一杯な子供達のグループが御鉢を越えて元宮にやって来た。



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

御鉢を振り返る。



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

ようやくたどり着いた高千穂峰山頂。

標高は1573m。



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

「天孫瓊瓊杵尊降臨之霊峰(てんそんににぎのみことこうりんのれいほう)」。

神々は上から、私は下から。

ルートは違えども、この地にやって来た喜びは私も天孫御一行も同じであろうと思う。



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

坂本竜馬が引っこ抜いたとかいう「天逆鉾」。



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

山頂には何故かカメムシが沢山飛んでいた。



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

激しい地下の活動を感じさせるカラフルな地層が露出する。



高千穂峰
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

湧き上がる雲を背にした天逆鉾を目に焼きつけ、弾む心とヨロヨロの足でビジターセンターへと下山する。

とても楽しい霧島連山高千穂峰への登山であった。



鹿児島中央駅
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

この日は鹿児島市内で疲れた身体を休め、明日は鹿児島県枕崎市火之神岬町、第二艦隊将兵鎮魂の地「平和祈念展望台」に向かう。

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MG TF で九州旅行 (その5)  霧島神宮参拝

旧海軍艦艇の艦内神社分霊元の巡拝、三菱長崎造船所の見学、そして天孫降臨の地である高千穂峰への登山をするために MG TF で九州を旅した一週間の記録の5回目、霧島神宮に参拝し高千穂峰に登山した7月30日の記録(前回の記事はこちら)


MG TF 霧島神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

霧島市国分駅前の宿を早朝に発ち、「かごしまロマン街道」を霧島神宮へと向かう。



MG TF 霧島神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

カーナビがあるのに道に迷ったりして、通りかかったそこは実に神々しい空間。



MG TF 霧島神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

霧島神宮の社号標を仰ぐ。



MG TF 霧島神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

神聖降臨之詩碑。

神聖降臨地 乾坤定位時 煌々至霊気 萬世護皇基 (しんせいこうりんのち けんこんくらいのさだまるとき こうこうとしてれいきいたる ばんせいこうきをまもる)

昭和27年、照国海運タンカー「霧島丸」の進水を記念して奉納された碑との事。

なお、霧島神宮はハワイ作戦等で活躍した軍艦霧島の艦内神社分霊元である。



MG TF 霧島神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

鮮やかな朱色の鳥居に向かって石段を上って行く。



MG TF 霧島神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

上りきった先にあったのは、天孫降臨の地と呼ぶに相応しい清浄感に満ち満ちた光景だった。



MG TF 霧島神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

眩しいまでに透き通った水を湛えた苔むす手水鉢の何と美しいことか。



MG TF 霧島神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

朝もやの森を背に浮かび上がる拝殿は驚くほど鮮烈。



MG TF 霧島神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

御祭神の名に相応しい「賑やか」な色彩。



MG TF 霧島神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

御神木のスギ。



MG TF 霧島神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

神楽殿はより明るめの朱色。



MG TF 霧島神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

改めて拝殿を見る。

朱と言うより赤と言うべきか。

その例えようのない美しさに感激もひとしおの霧島神宮参拝であった。



MG TF 霧島神宮

「天孫降臨之地」、霧島神宮御朱印




MG TF で九州旅行 (その4)  九州最南端佐多岬

旧海軍艦艇の艦内神社分霊元の巡拝、三菱長崎造船所の見学、そして天孫降臨の地である高千穂峰への登山をするために MG TF で九州を旅した一週間の記録の4回目、前回に引き続き7月29日(前回の記事はこちら)

今回は鹿児島県肝属郡南大隅町、九州最南端の地、佐多岬を目指す。


MG TF 大隅半島
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

吾平山上陵の参拝を終え、鹿児島湾に向け県道562号を走る。

うねうねと伸びる交通量僅少の道のオープンドライブは実に爽快。



MG TF 大隅半島
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

錦江湾とも呼ばれる鹿児島湾を見る。



MG TF 大隅半島
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

南大隅町の台場公園を見学。



MG TF 大隅半島
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

ここは薩英戦争時の砲台の跡地だ。



MG TF 大隅半島
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

結局この台場は英国艦隊と交戦するには至らなかったそうだが、ここから眼前の海を見ていると当時の緊迫した光景が目に浮かぶようだ。



MG TF 佐多岬
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

佐多岬ロードパークを走る。



MG TF 佐多岬
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

佐多岬ロードパークの終端となる佐多岬公園駐車場の少し手前にある駐車スペースに立つ地名表示板には「日本本土最南端」とあった。



MG TF 佐多岬
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

佐多岬公園駐車場に車を停めると佐多岬展望台跡までは徒歩800mの遊歩道となる。

駐車場と遊歩道を結ぶ第二岩崎トンネルを抜けたところで、右の足元でガサガサ音がするのに気が付き、何だろうと思ってみたら、そこには何と小さなウリ坊がいるではないか。

すぐ傍に人間がいるのに気が付かないのか気にしてないのか、一心不乱に鼻で土をかき分けて餌を探している。

片手でひょいっと掴めそうな可愛らしさに思わず手が出そうになってしまったが、当然近くにいるであろう親イノシシに攻撃されたら堪ったものではないので、急ぎ数枚写真を撮っただけでそそくさと逃げ出すことにした。



MG TF 佐多岬
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

遊歩道沿いに鎮座する御崎神社を拝す。

和銅元年(708年)創建、御祭神は伊邪那岐命、伊耶那美命、外御子命六神。

南大隅町のホームページに「ジャングルの中に縁結びの神様」と紹介されている通り、他に見られぬ南国ムードにより独特の雰囲気に包まれた神社だ。



MG TF 佐多岬
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

遊歩道の終端、佐多岬展望台跡に到着。



MG TF 佐多岬
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

その名の通り、かつて展望台があったこの場所。

今では佐多岬の表示と岬から見える島を示す円盤が設置されているのみ。



MG TF 佐多岬
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

九州最南端の眺望。

あれに見えるは佐多岬灯台。



MG TF 佐多岬
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

開聞岳は全然見えなかった・・・。



MG TF 佐多岬
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

戦国武将の髷のような蘇鉄。



MG TF 佐多岬
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

根室市の納沙布岬、稚内市の野寒布岬、それから宗谷岬に知床岬に襟裳岬・・・。

5年前に古いMGBで走り回った北海道岬めぐりの旅を九州南端の岬に立って思い起こす。



MG TF 佐多岬
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

丸々と太った佐多岬の蝶に別れを告げ、この日投宿する霧島市へ向かう。



MG TF 大隅半島
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

九州初日の日没。



MG TF 霧島市国分
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

霧島市の国分に宿を取り夕食に薩摩の地鶏炭火焼を頂き、翌日の高千穂峰登山に向け英気を養う。

勿論霧島神宮も参拝予定、大いに楽しみだ。

(続きはこちら)


MG TF で九州旅行 (その3)  宮崎神宮と吾平山上陵

旧海軍艦艇の艦内神社分霊元の巡拝、三菱長崎造船所の見学、そして天孫降臨の地である高千穂峰への登山をするために MG TF で九州を旅した一週間の記録の3回目、前回に引き続き7月29日(前回の記事はこちら)

今回は宮崎市の宮崎神宮と鹿児島県鹿屋市吾平町の吾平山上陵を参拝する。


宮崎神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

日向市美々津の日本海軍発祥之地碑から50km程南下して到着した宮崎神宮。

暑さが厳しい。



宮崎神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

宮崎神宮は私にとってこれが2回目の参拝。

以前来た時は七五三参りの家族連れで大賑わいだったが、今日は参拝客もちらほらの静けさ。



宮崎神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

手水舎もひっそり。



宮崎神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

神門から見る拝所。

恐れ多くも、神宮を独占した気分。



宮崎神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

拝所。

主祭神は神日本磐余彦尊(カムヤマトイワレビコノミコト)即ち神武天皇。

御父母君の天津日高日子波限建鵜草葺不合命(アマツヒタカヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト)と玉依姫命(タマヨリヒメノミコト)を配祀。



宮崎神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

小さな子供を連れたお母さん達が手を合わせる。



宮崎神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

幣殿。



宮崎神宮
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

神門の菊花紋。

宮崎神宮は1918年(大正7年)に竣工した軍艦日向の艦内神社分霊元である。

日向はその生涯において砲塔爆発2回、弾薬庫火災1回という恐るべき事故を起こし、また、戦艦と航空母艦のハイブリッドである「航空戦艦」に改造されながらも肝心の飛行機が無いという悲劇に見舞われながらも過酷な戦争を生き延び、大破着底状態ではあったが海上に勇姿を残して終戦を迎えたタフで強運な艦だ。



宮崎神宮 御朱印

宮崎神宮御朱印。



宮崎市街
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

宮崎神宮の参拝を終え、続いてウガヤフキアエズとタマヨリビメの陵墓である吾平山上陵(あいらのやまのうえのみささぎ)に向かう。

大隅半島の中心付近に位置する吾平山上陵へは120kmの道程。

日差しが強すぎる宮崎市内、堪りかねて幌を閉じてクーラー全開。

そんな酷暑の中で渋滞に遭っても MG TF の水温計指針は全くのノーマル状態で安定している。

やれオーバーヒートだ、やれパーコレーションだと、心配したり頭を抱えたりせずに済むというのは本当に有難いことだ。



吾平山上陵
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

大隅半島を行く。



吾平山上陵
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

鹿児島県鹿屋市吾平町、吾平山上陵の入口。



吾平山上陵
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

駐車場にMGを停め、姶良川に架かる第一石橋を渡る。

水遊びする子供たちの歓声が響いていた。



吾平山上陵
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

長い参道を行く。



吾平山上陵
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

やがて見えてくる鳥居。

この吾平山上陵は、邇邇芸命(ににぎのみこと)の可愛山陵(えのやまのみささぎ)、火遠理命(ほおりのみこと)の高屋山上陵(たかやのやまのえのみささぎ)とともに、神代三山陵の一つである。

以前、奈良県の御所や橿原周辺の皇陵を巡拝したことがあるが、この吾平山上陵はその時巡った皇陵とは全く違う、実に幽玄な雰囲気であった。



吾平山上陵
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

姶良川に架かる橋を渡れば鳥居の直前までいけるのだが・・・



吾平山上陵
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

門が閉ざされ、一般の参拝客が橋を渡って立ち入ることは出来ない。



吾平山上陵
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

私はあまりパワースポット云々には関心が無いのだが、こうして拝していると神代の空気を感じさせる情景に普段とは違った心持になってくる、厳かで不思議な空間であった。

そんな吾平山上陵の参拝を終え、MG TF は大隅半島を更に南下、九州本土最南端・佐多岬へと向かう。

(続きはこちら)

MG TF で九州旅行 (その2)  日向市美々津 日本海軍発祥之地碑

旧海軍艦艇の艦内神社分霊元の巡拝、三菱長崎造船所の見学、そして天孫降臨の地である高千穂峰への登山をするために MG TF で九州を旅した一週間の記録の2回目、7月29日(前回の記事はこちら)

今回は神武天皇伝説の地、「日本海軍発祥之地」碑が建つ宮崎県日向市の美々津を訪れる。


さんふらわあごーるど
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

神戸から「さんふらわあごーるど」に乗って、朝の大分港に着く。

目指す美々津へは145km。



MG TF 延岡市北川町
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

延岡市北川。

この日も大変暑く、日差しも強くてオープンドライブには厳しい状況なのだが、幌を開けてなんとか頑張ってみる。



日本海軍発祥之地碑
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

快晴の美々津。



日本海軍発祥之地碑
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

葦原中国を治めるのにより適した地を都とするため東征を決意、皇宮屋を発した神日本磐余彦尊が船出した場所がこの美々津とされており、それに因んで紀元2600年記念行事の一環として建てられた(建立は紀元2602年・昭和17年9月10日)のがこの碑である。



日本海軍発祥之地碑
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

戦後GHQによって碑文は破壊されてしまったが、それを惜しむ方々の尽力により完全に修復がなっている。



日本海軍発祥之地碑
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

実に堂々たる碑だ。



日本海軍発祥之地碑
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

碑の左側面に彫られた「紀元2600年」の文字。



日本海軍発祥之地碑
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

碑の背面には扉が。

内部はどうなっているんだろう?



日本海軍発祥之地碑
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

揮毫は米内光政。



日本海軍発祥之地碑
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

碑文修復について記した石碑。

港で行われていた工事の為、石碑の周囲が荒れているのが残念。



日本海軍発祥之地碑
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

「ソノ後大東亜戦争ノ終戦ニ及ビ一応碑文ヲ取リ外シマシタガ日米講和成立ノ後幾度カコレガ復元ノ議ガナサレナガラモ実現ノ機会ヲ得ズ今日ニ至リマシタ
今回地区民ノ総意ガ歴史的記念碑トシテ復元ヲ望ムコトニ一致シマシタノデ米内内閣総理大臣ノ真筆ニヨリ広ク各方面諸賢ノ御協賛ヲ得テコレヲ復元スル次第デアリマス」



日本海軍発祥之地碑
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

海軍両爪錨。



立磐神社
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日本海軍発祥之地碑のすぐ隣は立磐神社。



立磐神社
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船出にあたり航海安全を祈念して海上守護神である底筒男命、中筒男命、表筒男命の三柱の大神を奉斎したことにちなみ、第十二代景行天皇の御代に創祀されたと伝えられている。



立磐神社
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

大和国橿原に至り神武天皇となる神日本磐余彦尊が腰掛けたと伝えられる神武天皇御腰掛岩。



立磐神社
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境内には神武天皇に関する石碑がいくつもあった。



立磐神社
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

立磐神社の手水舎に住むカニ。



日向市美々津
PEN E-P5 / M.Zuiko 14-42mm F3.5-5.6 Ⅱ R

工事の騒音を除けばとても静かな美々津の港を眺めて、次は神武天皇をご祭神とし軍艦日向の艦内神社分霊元でもある宮崎神宮と、神武天皇の御父母君の陵墓である鹿児島県鹿屋市の吾平山上陵に向かう。

(続きはこちら)

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