スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

オリンパスペンで撮る建武中興十五社巡拝(その2) 湊川神社

建武中興十五社巡拝

人心の離反著しい鎌倉幕府が滅ぼされ、長く途絶えていた天皇親政の政治が復活した「建武中興」。

残念ながら社会の実情から乖離した行政が天下の混乱を招き、武士層の失望を呼び、ついには足利尊氏の離反によってわずか2年半で崩壊してしまった政治体制である。

今日の目で見るとこの政権はあまりに拙劣な政治運営が多く瓦解すべくして瓦解したようにしか思えないが、しかし当時多くの人々がこの「建武中興」の為に尽力し或は命を奉げ、その熱意と志は500年以上の時を経て明治維新をもたらし、そして今の日本を作り上げているのもまた確かである。

さて、その建武中興の為に力を尽くした皇族・公家・武将を主祭神としてお祀りする15の神社を「建武中興十五社」と称し、それら15社は「建武中興十五社会」を結成し、「南朝関係 十五神社巡拝案内記 - 附・十五社御朱印帳」を発行する等の活動を行っている。

この案内記は建武中興十五社各神社の詳細なガイドブックと御朱印帳が一つになった、太平記ファン必携の優れものだ。

というわけで、今回はこの案内記を手に、兵庫県神戸市中央区に鎮座する「湊川神社」の参拝である。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

港町・神戸の中心部に鎮座する湊川神社。

1336年(延元元年 / 建武3年)5月25日、この地にて壮絶な最期を遂げた楠木正成公を主祭神とする神社だ。

孤立無援にして討死を覚悟の激闘の末に正成公と共に散った楠木正季公をはじめとするご一族と菊池武吉公、後に四条畷で殉節する嫡男正行公は配祀神として祀られている。

さらに本殿合祀の摂社として正成公夫人を祀る甘南備神社がある。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

由緒。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

表門の扁額。

私にとって、今回は2度目の湊川神社参拝だ。

前回は平成25年5月26日、楠公武者行列の日だった。

あの時はえらい人出で大変だったが、今回は平日という事もあってじっくり境内を散策しながらお参りする事ができた。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

表門の向かって右手に大楠公御墓所がある。

神社にお墓というのも珍しいことだが、この御墓所こそ湊川神社の起源とも言うべき場所なのだ。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

楠公碑を拝す。

湊川合戦後長らく田地の中の小さな塚があるのみだったこの場所に墓碑を建立し、正成公の功績を大いに顕彰したのは、黄門様の名で知られる徳川光圀公である。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

国指定文化財、史蹟楠木正成墓碑。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

亀の背に乗る墓碑には「嗚呼忠臣楠子之墓」と。

元禄5年(1692)建立。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

墓所内に建つ徳川光圀公の銅像。

昭和30年建立。

光圀公はライフワークとも言うべき「大日本史」編纂の過程で正成公の功績に胸を打たれ、墓碑を建立するに至ったという。

しかし、これはよく知られている事だが、好き勝手に出歩く自由の無い光圀公に諸国漫遊をした事実は無く、江戸と水戸を往復した以外は精々箱根や日光東照宮に足を運んだ程度であった。

当然光圀公が湊川を訪れる機会は一度も無かったというわけだ。

現地で指揮を執った「助さん」こと佐々介三郎宗淳の報告を聞く黄門様・・・さぞ、行けるものなら自分も湊川に行ってみたいと思われたことだろう。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

湊川神社境内、表門から社殿に向かう道は楠公石碑道。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

鳥居の向こうに見える社殿。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

社殿。

旧社殿は戦災で失われたが、昭和27年に現社殿が復興された。

鉄筋コンクリート造りであるためか、他所の社殿とは異なる独特の雰囲気が感じられる。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

奉納酒樽。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

末社、楠本稲荷神社は徳川光圀公の墓碑建立以前よりこの地に鎮座しているといわれている。

祭神は、倉稲魂命・猿田彦命・大宮女命。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

同じく末社、菊水天満神社。

祭神は勿論菅原道真公。

明治9年創建。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

社殿の向こうに、門で閉じられた一画がある。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

国指定文化財、史蹟楠木正成戦没地。

即ち「殉節地」である。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

殉節地は門で閉じられているが、社務所でお願いすれば神職さん同行のもとで立ち入ることが出来る。

特別な空間に足を踏み入れちょっと緊張。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

石柵の向こうに、注連縄で囲まれた小さな塚がある。

1336年5月25日。

かつてここにあった小屋の中で正成公は最期の時を迎えられたのだ。

だが、身体は滅しても正成公の「生き様」が滅ぶことは無かった。

七生賊滅。

湊川を訪れる度に墓前で涙を流し墓碑の拓本まで買い求めたという吉田松陰先生は「楠公兄弟は徒に七生のみならず初より未だ嘗て死せざるなり」と述べている。

「体は私なり、心は公なり。
 私を役し公に殉ずる者を大人と為す。
 公を役し私に殉ずる者を小人と為す。」

新しい日本を切り開いていこうと志す多くの人々が墓碑を拝した。

正成公の「心」を受け継いだ多くの人々が身命を賭して駆け抜け、そして日本は封建時代を脱し近代的国家へと変貌を遂げた。

正成公の心は時代を動かす原動力の1つとなったのだ。

まさに、「未だ嘗て死せざるなり」であったのだ。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

神職さんが隣にいるので、さすがに松陰先生のような「涙ぽろぽろ」というわけにはいかなかったが、小人である私も小人なりに正成公の生き方に存分に想いを馳せて湊川神社の参拝を終えることとした。

神社の外に広がる神戸の町はとても賑やかだった。



建武中興十五社巡拝 湊川神社
建武中興十五社御朱印帳、湊川神社御朱印。



建武中興十五社巡拝マップ

より大きな地図で 建武中興十五社巡拝 を表示
スポンサーサイト

オリンパスペンで撮る建武中興十五社巡拝(その1) 吉野神宮

建武中興十五社巡拝

人心の離反著しい鎌倉幕府が滅ぼされ、長く途絶えていた天皇親政の政治が復活した「建武中興」。

残念ながら社会の実情から乖離した行政が天下の混乱を招き、武士層の失望を呼び、ついには足利尊氏の離反によってわずか2年半で崩壊してしまった政治体制である。

今日の目で見るとこの政権はあまりに拙劣な政治運営が多く瓦解すべくして瓦解したようにしか思えないが、しかし当時多くの人々がこの「建武中興」の為に尽力し或は命を奉げ、その熱意と志は500年以上の時を経て明治維新をもたらし、そして今の日本を作り上げているのもまた確かである。

さて、その建武中興の為に力を尽くした皇族・公家・武将を主祭神としてお祀りする15の神社を「建武中興十五社」と称し、それら15社は「建武中興十五社会」を結成し、「南朝関係 十五神社巡拝案内記 - 附・十五社御朱印帳」を発行する等の活動を行っている。

この案内記は建武中興十五社各神社の詳細なガイドブックと御朱印帳が一つになった、太平記ファン必携の優れものだ。

というわけで、今回はこの案内記を手に「吉野神宮」の参拝である。



建武中興十五社巡拝 吉野神宮
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

近鉄吉野線、吉野神宮駅を降りるとすぐに鳥居と社号標が出迎えてくれる。



建武中興十五社巡拝 吉野神宮
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

駅から900m程、吉野山の坂道を登って行くと参道の入口。

表鳥居がどっしりと構える。



建武中興十五社巡拝 吉野神宮
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

5月の参道は新緑が目にも鮮やか。

駅から歩いてきた上り坂の疲れも癒される。

現在吉野神宮のある場所は、元弘の変の際には吉野山に立て篭もる大塔宮護良親王を攻める鎌倉幕府軍の大将二階堂道蘊が本陣を構えた地であったという。



建武中興十五社巡拝 吉野神宮
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

素木の大鳥居の向こうに見る神門。



建武中興十五社巡拝 吉野神宮
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

明治22年、官幣中社の「吉野宮」として創立され、明治34年に官幣大社に昇格、大正7年に改称され現在に至る吉野神宮。

御祭神は第96代後醍醐天皇。

摂社は3社。

後醍醐天皇の意を受け倒幕計画の推進に尽力した側近であり、元弘の変で幕府に捕らえられ処刑された藤原(日野)資朝卿と藤原(日野)俊基卿を祀る御影神社。

船岡神社は「天勾践を空しうすること莫れ」の児島高徳朝臣、その養父にして湊川合戦の直前に播磨にて激闘の末自害した児島範長朝臣、幕府に追われ笠置山に逃れた後醍醐天皇を支援すべく備後にて挙兵するも笠置・赤坂落城により一族郎党共々自刃した桜山茲俊朝臣を祀る。

瀧櫻神社に祀られているのは、伊予にて幕府軍を打ち破り倒幕に貢献、後に新田義貞公と共に越前に転戦し討死を遂げた土居通増朝臣と得能通綱朝臣である。



建武中興十五社巡拝 吉野神宮
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

神門から見る拝殿。



建武中興十五社巡拝 吉野神宮
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

広く静かな境内を歩くと大粒の玉砂利がシャリシャリと鳴り響く。

この音が、まるで後醍醐天皇に自分の一挙手一投足を見られているかのような感覚を覚えさせ、私はいささか緊張してしまう。



建武中興十五社巡拝 吉野神宮
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

本殿を拝す。



建武中興十五社巡拝 吉野神宮
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

続いて境内摂社も参拝。



建武中興十五社巡拝 吉野神宮
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

吉野山といえば春の桜が有名だが新緑の季節、紅葉の季節、白雪の季節、いつ訪れても美しい景色が楽しめる素晴らしい場所だ。

また季節を改めて訪問してみたいと思う、吉野神宮参拝であった。



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN FV / E.ZUIKO 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

吉野神宮を訪れた際には如意輪寺の後醍醐天皇陵も併せて参拝しておきたいところだ。



建武中興十五社御朱印帳 吉野神宮御朱印
建武中興十五社御朱印帳、吉野神宮御朱印。



建武中興十五社巡拝マップ

より大きな地図で 建武中興十五社巡拝 を表示

オリンパスペンで撮る、村上義光公父子の墓地

村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

子供の頃に読んだ「講談社世界の名作図書館」の第42巻に収録の太平記でもっとも衝撃的だったのが、大塔宮護良親王を吉野から脱出させるために親王の鎧を着て敵の前に立ち、身代わりとなって散った村上義光公の自害の場面であった。

引用する。

さて、義光はこの木戸の高やぐらにのぼり、親王のうしろすがたをはるかにとおざかるまで見とどけてから、いまはこれまでと思いさだめ、やぐらのまどをきって落とし、全身を敵にさらしながら、
「やあやあ、寄せ手の軍勢ども、よくきけ。 われこそは神武天皇より九十六代、後醍醐天皇の皇子、一品兵部卿親王護良なるぞ。 いま、逆臣のためにほろぼされ、うらみを地下に報ぜんため、自決いたす。 このありさまを目にとどめ、やがてなんじらの武運がつき、はらきるときの手本とせよ!」
と、大音声にさけびざま、よろいをやぐらの下にかなぐりすて、にしきのひたたれのむねおしわけ、刀をわきばらにぐさとつきたて、真一文字にはらかききり、はらわたをつかんで、敵に投げつけ、刀をくわえてうつぶしとなって息たえました。
まさに、すさまじいさいごでありました。



自分のはらわたを敵に投げつける、刀を咥えてうつぶせになる・・・よくそんな事がと、心底驚いたものだった。

その義光公の墓があるというので、楠公史跡巡りで吉野山に行った際にお参りさせていただいたく事とした。

奈良県道15号沿い、吉野山観光駐車場から僅かに下った場所に、義光公の墓はある。



村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

村上義光公の墓を拝す。

このような形式の墓碑を「宝篋印塔(ほうきょういんとう)」と呼ぶとのこと。

首実検のため運んできた首級が護良親王のものではないことに気付いた寄せ手は首級を打ち捨ててしまったが、それを哀れに思った里人が埋葬したのがこの場所なのだ。



村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

墓前には鎧の置物が。

身代わりとなるため、義光公が護良親王から半ば奪いとるようにして我が身につけた鎧ということだろう。 



村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

村上義光公墓に寄り添うように立つ「村上義光忠烈碑」。

天明3年(1783)に大和高取藩士・内藤景文によって建立された。



村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

詳しく記された案内板。



村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

続いて義光公の嫡男、義隆公の墓へ向かう。

県道15号を登って行き、金峯山寺を過ぎ、不審火で焼けてしまった勝手神社のところで県道257号に折れる。



村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

県道257号。

土産物店や食事処が並ぶ県道15号とは様相がガラッと変わる。



村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

木々の上に、蔵王堂の茶色の屋根が僅かに姿を見せる。

蔵王堂を脱出した護良親王であるが、それに気付いた寄せ手の一隊に追撃されてしまう。

その時、敵を食い止めるために単身踏み止まったのが村上義隆公である。



村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

義隆公は追手500騎を相手に孤軍奮闘、追撃を阻止し、護良親王を無事脱出させることに成功するも、自身は満身創痍となり、腹を切って最期を遂げたという。

まだ18歳の若者であった。

墓はその最期の地にある。

明治3年の建立。



村上義光公父子墓地
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

遠くに蔵王堂を望む。

義隆公は父と共に蔵王堂で自害しようとするが、護良親王を御守りするよう父に強く諌められここまで来たのだ。

桜井の楠公父子を髣髴とさせる、壮烈にして痛ましい物語である。



大日寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

義光父子の墓所を訪ね、最後に父子の菩提所である、「日雄山 大日寺」を参拝する。

吉野山で最古の寺院である日雄寺の焼失後、跡地に建てられたお寺である。



大日寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

江戸時代の宝永年間(1704~11)に建てられた本堂。

この日、吉野山には蒸し暑さを和らげる心地よい風が吹いていたが、周囲より低い窪地のような場所にある大日寺にはまったく風がなく、まるで風と共に時も止まってしまったかのような感覚であった。



大日寺

日雄寺焼失の何を逃れて今に伝わる五智如来を本尊とする大日寺のご朱印を頂いて、義光父子墓所巡拝を終える。



吉野山 村上義光公の墓 村上義隆公の墓 大日寺

より大きな地図で 村上義光公父子の墓 を表示

オリンパスペンで撮る、楠公史蹟巡り(その22) 如意輪寺

「大楠公」の地元の学校、多聞尋常小学校の校長先生が昭和10年に出された小冊子「史蹟赤坂と千早」を手に、楠木正成公の史蹟を訪ねる「楠公史蹟巡り」。

前回の奈良県吉野郡吉野町、吉水神社参拝に続いて、今回は楠木正行公と南朝ゆかりの寺であり後醍醐天皇陵も所在する「塔尾山 椿花院 如意輪寺」を参拝する。



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

吉水神社を出て、勝手神社を過ぎると、「後醍醐天皇陵」と刻まれた石碑ある。

如意輪寺と天皇陵はこの県道15号から中千本の谷を挟んだ向こう側にある。

徒歩の場合、ここから「中千本五郎兵衛茶屋附近ハイキングコース」を通っていくと2~30分程の距離だ。



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

私はクルマで来ているので、中千本とは反対側の、駐車場に面した山門から境内に入った。

何となく微妙に歪んでいるように見える山門、古刹の風格大いに感じる。



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

こちらは中千本側から境内に登る石段。



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

その石段を登った山門から、正面に本堂の如意輪堂を見る。

山門には「楠木正行公遺跡」と。

死を決して四条畷に出陣する正行公が、辞世の歌を刻んだのはこのお堂の扉板である。



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

如意輪堂の前に立つ寺号の石碑。



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

釣燈籠の下、欄干には誰が置いたかワンカップ酒が2つ。

正行公に奉げるお酒か。



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

風格ある鐘楼の前には、桜花を模ったの可愛らしい絵馬が奉納されていた。



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

如意輪寺裏山の石段を登り、後醍醐天皇塔尾陵(とうおのみささぎ)を参拝する。



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

途中には後醍醐天皇のひ孫に当たる、世泰親王の墓がある。



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

さほど長くない石段を登りつめ、後醍醐天皇の御陵を拝す。

「身はたとへ南山の苔に埋むるとも魂魄は常に北闕の天を望まん」の御遺志に従い、天皇家の墓陵としては唯一北向きとなっているのは有名なところである。



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

私にとって、これが初めての天皇陵参拝。

二礼二拍一礼で拝礼したが、神社と違い拝殿だの本殿だのがある訳ではないので、拝む気持ちもいつもと違う、ちょっと妙な気分。



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

私は二礼二拍一礼だが、帰らぬ覚悟の正行公と一族郎党は陵前に額ずいての拝礼だったのだろうな・・・などと考えながらの後醍醐天皇陵参拝であった。



楠公史蹟めぐり 後醍醐天皇塔尾陵 ご陵印

後日畝傍陵墓監区事務所で頂いた後醍醐天皇塔尾陵のご陵印。



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

正行公及び一族郎党143名が出陣に先立ち如意輪堂に奉納した髻を埋めた所、「正行公髻塚」。

奉納された髻は最初御陵の西に埋められたが、御陵拡張と共に現在の地に移転改葬されたとの事。

「正行公埋髻墳」の石碑には「精忠兼至孝至節在天聞五百年前月今仍照髻墳 芳山司職免堂撰」と刻まれている。



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

こ、これは・・・(笑)



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

弁内侍至情塚。

「後村上天皇に仕えた女官弁内侍は正行公討死の後尼僧となって菩提を弔った。 その黒髪を埋めたところ」の説明が添えられている。

弁内侍は日野俊基卿の息女。

河内金剛寺から吉野へと帰る途中、賊にさらわれそうになった所を助けてくれた正行公に思いを寄せるようになる。

弁内侍の気持ちを察した後村上天皇は正行公に娶らせようとするが、やがて戦陣に散る覚悟の正行公は「とても世に永らふべくもあらぬ身の仮りのちぎりをいかで結ばん」と、それを断り翌年討死してしまう。

悲しみの弁内侍は「大君に仕へまつるも今日よりは心にそむる墨染の袖」として、髪を落とし尼となって正行の菩提を弔ったのである。

その時の髪を埋めた場所に立てられたのがこの弁内侍至情塚だ。

実に悲しい物語である。

弁内侍はもちろん、正行公も私には不憫に思えてならない。

何とも悲しい物語だ。

ちなみに、弁内侍をさらうよう賊に命じたのは彼女に懸想した高師直との事。

美女をさらおうとしたり、女風呂を覗いたり、この人は一体どうなってるんでしょうね(笑)



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

総檜造りの納骨堂、多宝塔。

ご本尊は阿弥陀如来。



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

「かへらじとかねて思へば梓弓なき数に入る名をぞとどむる」

正行公が辞世の歌を刻んだ扉を始め、多くの南朝ゆかりの品々や寺宝を納めている宝物殿を拝観。

後村上天皇に拝謁する正行公の絵にはしばらく見入ってしまった。

その後宝物殿の外で大楠公と小楠公の像、「楠公父子の像」を見る。

桜井の別れの場面だ。

傍には「青葉茂れる桜井の・・・」で始まる唱歌「桜井の訣別」の歌詞碑がある。



楠公史蹟めぐり 如意輪寺
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

大楠公の鎧の袖にお賽銭。

小楠公に至っては頭のてっぺんにお賽銭。

笑ってしまって、私もお賽銭を納める。



楠公史蹟めぐり 如意輪寺

最後にご朱印を頂いて如意輪寺の参拝を終える。



楠公史蹟めぐり オリンパスペンFV 38mmマクロ

神保町の古本屋で小冊子「史蹟赤坂と千早」を買ったことで「行ってこようか」と思い立った楠公史蹟巡り。

大阪府南河内郡多聞尋常小学校の校長先生である著者の尾上信太郎氏の解説文に誘われ、5月と6月の2度、楠公ゆかりの地を訪ね、太平記の世界をこの目で実際に見、この足で歩いた旅はとても楽しいものであった。

ネットでも殆どあるいは全く紹介されていない史跡にやって来られた時には感動と興奮をも味わうことが出来た。

そして、いまや私の行ってみたい太平記の舞台は千早赤阪周辺だけでなく、京、北陸、奥州、九州へと広がっている。

これからももっと太平記を歩きたい、見たい、体感したい、そう思わせる充実の千早赤阪周辺楠公史蹟を巡る旅であった。

(オリンパスペンで撮る、楠公史蹟巡り 終り)



楠公史跡巡り 如意輪寺

より大きな地図で 楠公史跡巡り 千早赤阪周辺 を表示


オリンパスペンで撮る、楠公史蹟巡り(その21) 吉水神社

「大楠公」の地元の学校、多聞尋常小学校の校長先生が昭和10年に出された小冊子「史蹟赤坂と千早」を手に、楠木正成公の史蹟を訪ねる「楠公史蹟巡り」。

前回の奈良県吉野郡吉野町、蔵王堂のある金峯山寺参拝に続いて、今回は南朝始まりの場所、吉水神社(よしみずじんじゃ)を参拝する。

吉水神社は厳密に言うと「楠公史跡」ではなく「南朝史跡」と言うべきだが、花山院から吉野山へと脱出してきた後醍醐天皇が最初に御在所とした場所なので、是非立ち寄っておきたい神社だ。



楠公史蹟めぐり 吉水神社
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

「従是 吉水院」。

明治時代に撮影された写真と比べても、石段が自動車も登れるようにスロープ化された以外大きく変わっていない光景だ。



楠公史蹟めぐり 吉水神社
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

後醍醐天皇がここを御在所とした頃は吉水院(きっすいいん)という金峯山寺の僧坊だったが、明治時代に廃仏毀釈によって神社に改組されたという歴史がある。

主祭神は後醍醐天皇。

あわせて正成公と吉水院宗信法印も祀られている。



楠公史蹟めぐり 吉水神社
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

「天勾践を空しうすること莫れ,時に范蠡無きにしも非ず」。

鎌倉幕府によって隠岐に配流される後醍醐天皇へ、備前国児島郡の武将・児島高徳が送った応援メッセージ「白桜十字詩」だ。

備前、今の岡山県の桜の木に書き付けられたメッセージを遠く離れた吉野で拝めるというのは、なかなか微笑ましい事だ。



楠公史蹟めぐり 吉水神社
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

門のむこうに重要文化財である書院の授与所を見る。



楠公史蹟めぐり 吉水神社
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

書院は現存する日本最古の書院建築物との事である。

縁側にはご神木の輪切りが置かれていた。



楠公史蹟めぐり 吉水神社
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

拝殿にて深々と拝礼する。



楠公史蹟めぐり 吉水神社
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

書院は「南朝の皇居」として公開されている。

内部には多数の貴重な文化財等が展示されており、見逃すことは出来ない。

写真撮影が許されている点も嬉しいところだ。



楠公史蹟めぐり 吉水神社
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

後醍醐天皇玉座の間を拝観。

広くはないが、治天の君がおわすに相応しい厳かさが感じられる。



楠公史蹟めぐり 吉水神社
OLYMPUS PEN W / E.Zuiko 25mm F2.8 / KODAK PROFOTO XL 100

「近う」と言われたわけではないが、一番近づける場所から玉座を拝す。

座布団・・・とは呼べそうに無い厚さの敷物が印象的だった。



楠公史蹟めぐり 吉水神社
OLYMPUS PEN FV / E.Zuiko 38mm F3.5 MACRO / KODAK PROFOTO XL 100

玉座に続いて貴重な品々を拝見して外に出る。

思いのほか近くに見えた蔵王堂がとても美しかった。



楠公史蹟めぐり 吉水神社

吉水神社のご朱印を頂戴。

大きな菊花の印が吉水神社の歴史を語る。



楠公史蹟めぐり 勝手神社

こちらは平成13年9月27日に不審火によって焼失してしまった勝手神社のご朱印。

賽銭泥棒が火を付けたとの話もあるが、罰当たりにも程があるまったく言語道断の所業だ。

現在、勝手神社のご神体は吉水神社に仮遷座されており、ご朱印は吉水神社で頂く事が出来る。

義経公・静御前ゆかりの神社の一日も早い再建を願う。

というわけで、吉水神社の参拝を終え、次回はこの「楠公史蹟巡り」最後の訪問地、如意輪寺と後醍醐天皇陵を参拝する。



楠公史跡巡り 吉水神社

より大きな地図で 楠公史跡巡り 千早赤阪周辺 を表示

プロフィール

戊申丸

Author:戊申丸
FC2ブログへようこそ!

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
検索フォーム
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。